オフグリッドな暮らし
電力の送電網に依存せず、上水道や都市ガスの配管に依存せず、しがらみから独立した生活を送るにはどうすれば良いだろうか。
生活の場としては、まず人里離れたところ。電力を得るために太陽電池パネルを展開できるスペースは必要。どれだけの広さが必要かは電力の必要量による。とりあえず、週の半分、雨の日が続いても電力を賄えるパネル面積、そして蓄電池が必要だ。
上水道に関しては、国内なら30mほどボーリングすれば帯水層まで届く。まれに地質的に飲用不適な地下水があるが、ほとんどの場合は上質なミネラルウォーターをポンプアップできる。
ガスに関してはLPガスで良い。月に一度ぐらいボンベの交換が必要かもしれないが、人が住んでますよー、とわかっている業者の人が一人ぐらいいた方が災害など万一のときに有益だろう。
ネット環境は4Gで途切れなくつながれば十分だろう。また人によっては、ネットから完全解放された方が心地良いかもしれない。
一方で注意すべき点。
ライフラインの供給側は上記で整うが、排水について無処理で垂れ流すのは絶対に避けるべき。下水道配管は都市部でしか供されていないので、小型合併浄化槽を使う。それで汚濁分を90%以上分解してから外部に排出する。通常ならその排水は雨水側溝に流すところだが、人里離れたところでは側溝も引かれていないだろう。敷地内の低いところに流す他ないかな。
ごみも出る。だが生ごみならばむしろ土に埋めた方が良い。それ以外のごみは月に一度ぐらい集積場に持って行くか。
対処法を列挙してゆけば、意外とオフグリッドな暮らしは難しくないように思える。一番対応の難しいのが電力の確保で、それ以外は、上水を地下水で賄っているところはたくさんあるし、LPガスも全国津々浦々配達してくれるので不安はない。
発電のコストは太陽電池パネルの普及で随分と下がっている。だがネックは蓄電だ。発電量の落ちた数日分の電力を、蓄電池で供給できるだろうか。現状はちょっと難しそうだ。逆に考えれば、その一点さえ解決すればオフグリッドの暮らしがぐっと現実味を帯びることになる。
アウトドアレジャー用のポータブルバッテリーが広く出回っているが、その大容量ホーム版が高すぎない価格帯で手に入るならば良いなー。
周りに組み込まれることなく、一人で独立したオフグリッドな暮らし。まだ可能性だけれど、実現性は十分にあるし、できることなら実現させたい。
以上。2022.09.07
薬と昼食改善の効果
本来なら昨日代謝内科に行く予定だったが、副反応の発熱のために今日に変更した。仕事を終えた後に通院した。
血糖値測定と尿検査を受けたが、血糖値は昼食後6時間ながら空腹時血糖値の上限まであと少しというところまで下がっていた。血糖値を下げる薬はしっかり効いている。それに昼食をバランス良く摂るようになった効果もあるようだ。
2型糖尿病は贅沢病と言われたこともあったけれど、それは逆だと思う。むしろ主菜や副菜を摂る余裕がなく、米などの穀物に依存した食生活しかできない貧しさから発症する。
前回の検査結果で、インスリンはちゃんと出ているとのことなので、出ているインスリンが有効に効く範囲に血糖値を制御できるようになれれば、代謝内科は卒業できるかな。ぼんやりとゴールが見えてきた感じがする。
昼食改善の効果は、2週間後のヘモグロビンA1c測定ではっきり出るだろう。入院勧告の1歩手前だった数字がどこまで下がっているか、今後も忙しくても学食で主菜副菜ちゃんと摂って健康的な食生活を心掛けよう。
今思えば、保健師さんからの電話、ありがたかったなー。電話のおかげで寿命が10年以上延びたのではないだろうか。
以上。2022.09.06
発熱は1日でおさまった
一晩寝て、朝から体温測定したところ、37℃台半ばまで下がっていた。無理をせず今日は休んだ。その後体温は徐々に下がり、夕方には平熱になった。明日は出勤できるが、大型の台風が午前中に接近するとのことで、自宅待機と言われるかもしれない。
この時期に台風が来るのは毎年のことだ。ただ年々台風が大型化強力化している。例年ならば沖縄近海で勢力が最大になり、その後徐々に弱まりながら列島に接近する。それが勢力が落ちないまま接近するようになってきている。風の被害、大雨の被害ともに規模が拡大傾向にある。
10数年前、台風接近中にバイクで出勤していると、千切れた電線がビューと音を立てて目の前を横切った。もし当たってたら、もし通電してたらと思うとぞっとする。その台風の際には丸1日以上停電し、全く仕事ができなかった。分析用検体を保存する冷蔵庫も止まってしまうし、とりあえず氷だ、と氷屋を何軒も巡って冷却用の氷を仕入れた記憶がある。
その台風では電線が切れるほどではないにしても、電柱の多くが傾いた。電力会社にとっては倒れなければそれで良いと思っているのだろうが、私のように視覚に共感覚を持つ者にとっては、傾き方がまちまちな電柱の列は極度の不協和音を聞かされているのと同じ状態なので、たとえ運転中であっても思わず目をそむけたくなるのだ。
なぜこうも安易に電柱が立てられているのか。台風や地震で倒れる危険性が高いというのに。
結局のところは、安上がりだから、とのことらしい。
ぐうの音も出ない。街の景観の不快さよりも安上がりを優先するのか。いつまでも途上国の場末然とした景観の中で暮らさねばならぬのか。国の予算は毎年膨れ上がり続けている。だがその使い方が間違ってきたし裏金でウハウハな業者もいるし。
途上国への援助では「質の高いインフラ整備」と言っているが、ならば国内の醜い電線網を撲滅するのが先ではないか。国内の生活の質を高めることにまず配分して欲しいよ。対外的に「ない袖は振れない」と援助を削減する勇気もないのか。北欧諸国のように紛争解決へ向けて積極的に仲介する能力もなく、存在感を示すこともできないのか。
カネは出す、だがカネしか出さない。その程度の国だと思われて、国内ゼネコンと各国の地元有力者に利権が配分されるばかりの仕組みができてしまっているのは、そのカネの出どころである国民にしてみれば歯がゆくてならない。
いつの間に、こんな不格好な国になってしまったのやら。
以上。2022.09.05
何の禍もなかった日
仕事でもプライベートでもその他雑用でも、がっかりすることがなかった日。一方でこれといって大きな成果もなかった。平凡に一日が過ぎた。
身の回り、いつもこんな平凡な日が続いて欲しい。
そう願っていても、それがかなわないことがこの世界には多い。
特定の誰かが悪いとも言えない。多くの場合、その特定の誰かを周りから支えている大勢の人がいる。一つの勢力と言うか組織と言うか、集団である。
特定の誰かも、賛同者がいなければただの極論者でしかない。だから賛同者を得るために様々な手法を考えて実行する。嘘を信じ込ませて欺くこともある。
21世紀の今現在でもそのような手法が通用している。社会というものが生まれて以降、人間の精神は全く進化していない。むろん、ホモサピエンスという種族の範疇で、肉体に何らかの進化があったというわけでもない。
ただ、アスリートは様々な訓練を経て世界中の選手と肉体の極限を競い合う。では肉体ではなく精神を研ぎ澄ませてその気高さを競う場があるか。気高さを称賛される場があるか。
精神の気高さを測る尺度がない以上、そのような場は生まれえない。だがもしその尺度を勝手に作ってしまって、競う場が生まれたら?
私は危ういと思っていること、学校の「道徳」が教科化されたことである。通知表に記載するためにテストを課す。だが、採点する基準は本当に正当なものなのか?そもそも教科書に記されていることが正しいことなのか?この国の中だけでしか通用しない尺度に過ぎないのでは?そんな尺度で人を測ることが正当なことなのか?
アスリートの競技寿命は非常に短い。人間の精神もアスリート同様に酷使し続けたらどうなるだろう。そしてその酷使が社会全体に強いられているのならどうなるだろう。
私を含め精神を病む人が増えるような社会は、断固として拒否する。
以上。2022.09.02
4回目のワクチン接種
3月の3回目のワクチンで発熱の副反応が出たので、4回目の案内が来てもどうしようか迷っていた。38℃超の発熱が丸2日以上も続く副反応は御免だ。だが、研究室の学生にも感染者が出てウイルスが身近にまで迫っていることを認識した結果、やはり4回目も接種することにした。
先月半ばの予約時期から最短で接種できる日程は、9/3(土)の大規模接種会場だった。現状、第7波がピークアウトしても高止まり状態だ。2,3か月したら第8波が来やしないか、そしてその変異種に今回のワクチンが有効かは疑問だが、個人レベルでできることはせいぜいここまで。感染してしまったら運が悪かったと諦めようか。
このコロナ禍で1年延期された東京五輪とは何だったのか。スポーツイベントにはあまり関心がない。なので競技の様子をTVで眺めてもいない。ただテニスの選手があまりの蒸し暑さに競技時刻の変更を訴えていたのをニュースで見た記憶がある。
そして今になって、汚い金の流れが明らかになってきている。それ以前から前時代的じじいどもが組織委員を固めていることに不快感極まりなかった。招致決定時点からそういう醜悪さが透けて見えていた。石原慎太郎の招致動機が「国威発揚」という時点で既に終わっていた。
それでいて、次は札幌だと。
全く何も学んでいない。金に権威に群がる連中。どれだけ愚かになれば済むのか。
どうぞご勝手に。その代わり、いくら扇動されても絶対に乗せられないからね。
以上。2022.09.01