うつ病みの日々のあれこれ

うつ病みが日々のあれこれを綴ります

植民地あるいは海外領土

かつて、欧州諸国はアジア、アフリカ、南米などにたくさんの植民地を持っていた。それらの大半が'50年代から'70年代にかけて独立国家となった。ただ、独立しても言語は宗主国の言語が公用語に制定されていたり、あるいは非公式にでも広く使われていたりする。

日本も明治初期に琉球を併合して以来、朝鮮、台湾、太平洋諸島(国際連盟委任統治領)、満州(傀儡国家)を支配下に置いた。そこへは国内から役人や軍人、商人など多数の日本人が流れ込んだ。当然、そこでは日本語が広く使われることになった。

敗戦後、琉球は米軍軍政下、朝鮮は二つの国家、台湾は中華民国、太平洋諸島は国連の信託統治領、満州中華人民共和国の一部となった。琉球は1975年に復帰するが、それ以外はそれぞれ別の道を歩むことになった。

それらの地域では、すでに日本語を話せた人たちは高齢化したり、あるいはそれぞれの国の政策により日本語を話す機会がなくなった。パラオのアンガウル州では日本語が公用語と定められているが、実際に話す人はほぼいない。

日本語についてはこのような経過から、海外で日本語が通じるところといえば頻繁に日本人観光客が訪れる地域に限定される。

一方で、欧州諸国、特にスペイン、ポルトガル、英国、フランスなどは植民地経営の歴史が古い関係で、現地社会にそれぞれの言葉が深く浸透している。したがって、旧植民地を訪れる際には言葉の心配はいらない。多少の差異はあるが方言と言われる範囲である。(もっとも、ナショナリズムから旧宗主国の言葉に不快感を持つ人もいるらしいが。)

狭い日本語ワールドから見るとそれは羨ましい。かつて移民が盛んだったころは、世界各地に日本人街があったが、今はすっかり勢いをなくしている。国境を超えるには、英語あるいは現地の言葉を身につけておかざるを得ない。

日本語と英語は、語族レベルではるかに隔たっている。スペイン語と英語のような、同じ印欧語族内の意思疎通と比べてはるかに高度な翻訳能力が必要だ。同じ日本語族には日本語と琉球語がある。かつては同じ語族と言われていた朝鮮語(あるいは韓国語)は今では別語族の扱いである。文法が非常に類似しているが基本語彙に共通性がほとんどないことによる。

これらのことから、日本語民は世界的に非常に肩身が狭い思いをせざるを得ない。それは歴史からの帰結であって、受け入れるしかない。

その反面、世界的にはマイナーな言語である日本語を日常生活で使い日本国内に住む外国人もいる。一部の外国人は自分の言葉を周囲に押し付けることすらある中で、彼ら(彼女ら)の存在は尊敬に値する。逆の立場、例えばインドのコルカタに住みベンガル語で日常生活をする日本人は何人いるだろうか。企業の駐在員とかでなければまずいないと思う。

英語教育を小学校から始めるのも結構、一方で、それ以外のマイナーな言語が使える言語オタクがもっとたくさんいても良いと思うのだけれど。鉄オタみたいにハードルが低くなると良いと思うけどな。

 

以上。2022.06.19