うつ病みの日々のあれこれ

うつ病みが日々のあれこれを綴ります

旅の予定を立ててみる

年末に4泊5日で旅の予定を立ててみる。

仕事納めは12/28だが仕事は一足早く12/27までとし、その足で新幹線に飛び乗りJR九州管内を脱出、小倉からは18きっぷを利用して新山口まで。約800円分損だが後で取り返すので良しとする。新山口には2泊して山口市民になりきって街を歩く。

12/29は山口線山陰本線の接続が良くないので益田-浜田間に特急を挟み出雲市まで。特急利用のため約500円の損だがこれも後で取り返してやる。

なぜ出雲市で一旦ストップするか?臨時寝台特急サンライズ出雲92号」に乗るためである。定期の「サンライズ出雲」に比べて東京までの所要時間が3時間ほど余計にかかる。だが私からすれば、遅いというよりそれだけ長い時間乗っていられるのが魅力だ。

そして12/30の早朝に東京着。それから18きっぷの本領発揮、中央本線経由で名古屋まで、そして関西本線経由で大阪まで、時刻表をたどれば姫路までは行ける。早く行くなら東海道本線経由だが、すでに「サンライズ出雲」で通った経路なので避ける。

12/31も安直に山陽本線ではなく、赤穂線吉備線井原鉄道等の裏道を行こう。呉線岩徳線も経由できると良いけれどどうかな?小倉に着いたらJR九州管内はすっ飛ばしで新幹線だ。

こんな感じで構想を立ててみるが、全ては「サンライズ出雲92号」の寝台を確保できるかにかかっている。11/29の10:00、ネット予約取れると良いな。勤務中だがこっそりと。。

 

以上。2022.11.23

室温21℃→10℃で脳血流量2割減少

私が小学校の頃、教室にはストーブがあった。だがその後、「たくましい子に育てる」とかの理由で撤去されたという。最低気温が連日氷点下になって霜が真っ白な当地である。

低温にさらされると身体がどう変化するか、BBCニュースサイトに科学的なデータが紹介されていた。

www.bbc.com室温が21℃から10℃に下がることで、脳の血流は2割も減少し、パズル問題を解くのに長い時間がかかったという。つまり脳の活動全般が低下するという結果だ。

この結果に基づけば、教室からストーブを撤去したことによって、子供の学習活動が妨げられたことになる。「たくましい子に育てる」という教育委員会の方針は、結果として子供の効果的な学習を奪うことにつながった。その他のデータも身体に強い負担を強いるという結果であるから、もはや虐待と言っても良い。

根拠のない精神論者がはびこる教育委員会は、この科学的データに反論できるだろうか。

 

以上。2022.11.22

トルコ行進曲のどこがトルコか?

トルコ行進曲といえばモーツアルトとベートーベンの楽曲が有名だ。だが聴いてみると、この楽曲のどこがトルコなのか?と疑問に思う。

日本で伝統的トルコ音楽といえば軍楽隊(メフテル)の音楽が有名だ。だが現在演奏されている軍楽は、オスマン帝国で一旦衰退したものを、19世紀に西洋音楽の影響のもとで再興されたものであり、モーツアルトやベートーベンの時代の軍楽より民族音楽的要素が薄められている。

トルコ行進曲と称される楽曲、当時流行したトルコ趣味を織り込んだものかもしれないが、楽曲はあくまで西欧音楽そのものであり、近世に再興された軍楽からもかけ離れている。オスマン帝国軍に包囲されたウィーンの人たちが聞いた当時の軍楽は、さらに西洋音楽とは縁遠い物だったはず。

トルコ音楽では、全音を9等分した非常に細かい音程を巧みに使い分ける。だが、いわゆるトルコ行進曲にはそのような細かな音程は反映されていない。それを聴き分ける耳を当時の作曲家も持ち合わせていなかったようだ。

出来上がった楽曲は、トルコの名は付いても雰囲気だけがトルコ風であって、トルコ音楽の中身を理解し得ていない。当時の西洋人が異文化を取り入れようとしても、何となくそれっぽい物、という所で終わってしまった。

そのずっと後、ジャポニズムが流行った時期もあったが、オペラ「蝶々夫人」でも女性の描き方がステレオタイプなものであって、日本人から見れば違和感があった。

もっとも、現在に比べて人や物や情報の交流が非常に限られた条件下ではそれは仕方ない側面もある。

それよりも見方を変えて、当時の西洋人の世界観の狭さを知る手掛かりと考えれば良いかもしれない。

 

以上。2022.11.21

寝台特急も絶滅危惧種か

現在残っている寝台特急は「サンライズ瀬戸」「サンライズ出雲」のみとなっている。どちらも同じ車両を使っているが、車歴を考えるともう引退してしまうかもしれない時期だ。

年末年始の時期に乗っておこうかな。「出雲」の方が長時間乗っていられるので、18きっぷで3日ほど山陰地方をさまよって、最後に出雲市駅から東京までサンライズ出雲、そしてそのまま羽田から飛行機で帰って来ようか。

JR西日本のメンバーにも登録したし、ネットから予約できる準備は整った。乗車1か月前の10:00が勝負だ。

 

以上。2022.11.20

古いPCに残っていたHPデータの情報量の多さに驚く

2010年代中頃まで使っていたデスクトップPCであるが、さすがにスペックが足りなくなって放置していた。最近になってHDDに残されている過去データを移してみたが、その中に2000年代初頭まで運営していたHPのデータがあった。

うつ病を発症する前のことだ。全国を旅して、珍しい地名を採集して回り、全都道府県の献血ルーム制覇を目指したり、そのときの足跡が事細かく記されていた。当時は兎にも角にも公共交通機関のみでの移動にこだわり、それがなければ徒歩で延々と歩いた。全ての珍地名にはその地までのアクセス方法を記してあって、当時の交通事情もわかる。

献血ルームについても、そこに行き着くまでの日時やその時の食事等、どうでも良い内容もあるが、各ルームの採血機器の台数や配置、待合室のサービスや処遇品についても書いてあった。ちなみに1999年8/18に札幌アスティルームで成分献血したときの記録を画面キャプチャで貼っておく。

札幌1999年8/18アスティルームその1

札幌1999年8/18アスティルームその2

文字ばかりで見る気にもなりませんよねー。スマホなら全く読めそうもないし。

良くもまあ、こういった大テキストデータのHPを作ったものだ。それでも当時は1日当たりわずか20~30アクセスだった。すでにサーバーの移転などで跡形もなくネット上から消滅したが、今さらアップしても20年も前の情報だし役に立つとは思えない。何より文章がメインなので今どきは見向きもされないだろう。考古学的な価値ぐらいしかなさそうだ。

その頃訪れた街の写真もあるのだが、むしろ最近よりもずっと賑やかだ。これほどまでに国内が停滞ないし凋落してしまっているのか。人里離れた珍地名にたどり着くためのバス便も多くが廃止されているだろうし、JRも今後大量に廃線となりそうで心配だ。どこでどう間違ったのか、はー。

 

以上。2022.11.19

 

 

常春常秋が理想

リゾート地といえば、ビーチリゾートが楽しめる亜熱帯地方を思い浮かべる。あるいはスキーリゾートとして多雪地帯を挙げる人もいるかもしれない。

だけど、私は暑いのも寒すぎるのも嫌ですね。

年間を通じて10~20℃の気温範囲、常春常秋の所が理想だ。具体的に地名を挙げるならエクアドルのキトとかコロンビアのボゴタ等、熱帯緯度の高山都市だろう。昼夜の気温差は大きいが、年間の気温変動がほとんどない。もちろん実際生活するには治安や経済面に問題が多々あるが、気候だけを見れば理想的だ。

年間の気温変化がないと身体への負担が非常に少なくて済むそうだ。標高が高い分心肺機能に負荷がかかると思うが、標高2400mの富士山新五合目でも全然平気だったので問題にはならないだろう。それよりも、暑くて熱中症になるとか寒くて関節炎が痛むとか季節の変わり目で体調がすぐれないとか、そんな要因がないのが好ましい。

暑さ寒さは苦行ですよ。そしてその苦行を乗り越えたからって何がありますか?見た目の景色が美しいという悟りでしょうか。だけど心身に不調を抱えながら悟りの境地にたどり着くなんて無理無理。

実現可能性を無視すれば、春と秋以外は外出せず快適空調空間の中で生活を完結させるというのはどうか。大きなビルに買い物や医療や教育機関等生活関連施設が全てあってその上の階に居住する。理想的だろう。だが、そんな膨大なエネルギーを消費する施設には住みたくない。やはり暑くなく寒くない現地で暮らすのが環境負荷をかけない方法だ。

エクアドルはリタイア後に移住したい国のトップらしい。実際に大量の高齢米国人が移住しているという。通貨を米ドルに切り替えたこと、容易にリタイアメントビザが取得できることが理由のようだ。

だがその高齢米国人が現地の人たちに溶け込んで暮らしているかと言えば、ノーだろう。まず言葉の問題がある。高齢米国人がスペイン語を自ら学ぼうとするだろうか。おそらくは米国人コミュニティ(高級分譲地等)に集住し、あるいはゲーテッドコミュニティを形成しているのだろう。

そんな移住の仕方は日本人から見れば望ましいとは思えないが、米国内にはイタリア人街とか中華街とかが普通にある。その延長で自分らが米国人街を成しているといった認識なのだろう。

老後を優雅に過ごすとは全く対極だが、かつては多くの日本人がハワイや南米に移住した。国内ではとても食べてゆけないので海外に入植して畑を耕す、という動機であり、大きな人数規模での入植もあった。まず入植者の互助組織としての日本人コミュニティが生まれ、年代を経るにつれて日系人社会が形作られた。この日系人社会は現地社会との垣根はなく、例えば日系3世以降は現地の言葉しか話せない層が大半だ。

エクアドル内の高齢米国人は、俺たちは金持ちなんだぜ貧乏なお前らとは違うんだぜ、薄汚いお前らとは一緒に居たくないんだぜ、などとオラついているのではないか。一方的な思い込みかもしれないがそんな姿が容易に想像できて気持ち悪い。

国内であれば私は旅先で地元の人と間違われたことが多々もある。簡単に地元民になりすませる。残念ながら海外ではその手は通用しない。否応なく現地社会に溶け込まざるを得ない。英語さえできれば、というのは幻想であってまずは現地の言葉が必要だ。

移住国を決め、言葉の習得に最低1年、現地に3か月滞在、その期間中にあちこちを見て回り住めそうなところを見付ける。書類その他の手続や準備に半年、再度現地3か月の間に物件探し、そして移住と、ある程度長期的な手順を踏む必要がある。

行動するエネルギーもそして経済的な蓄えも必要だ。特に後者、それがない現状では、夢を描くだけしかできない。そして年々前者も減退してゆく。日々の世の中に拒否感を抱えながら現実可能性のない夢を紡いでゆく、貧乏な庶民にできることはその程度なのかな。悲しいなー。

 

以上。2022.11.18

ブラックフライデーだとさ

何で米国式の習慣につき合わされなきゃならないのか。

明日11/18金曜日は「ブラックフライデー」だそうな。米国のクリスマス商戦の始まりの金曜日を、黒字の願いを込めてそう呼ぶそうな。

「ブラック○○」という言葉、全く良い意味には受け取れない。国内の社会問題をすぐに思い浮かべるし、経済界なら1987年の「ブラックマンデー」と呼ばれる世界的株価暴落を意識しそうなものだが。

ハロウィンもこのブラックフライデーも、国内ではイベント的な商機が全く生まれないので海外の習慣を輸入してまねているだけと思える。

新しい習慣を政府が作ろうとして、見事に滑った例に「プレミアムフライデー」がある。2010年代中ごろだったか、毎月最終金曜日は15時に仕事を切り上げて買い物や趣味の時間に充てましょう、という趣旨だったと記憶している。世の中そんな余裕のある人などほとんどいないのに、どこぞの世間知らずの官僚が言い出したのか政府が旗を振ったものの瞬く間に消え失せてしまった。

何らかの商機なり新習慣なりを作り出そうにも、もはや国内には発想できる人もいないのか。そこまで貧しくなったか。孫のランドセルを前倒し前倒しで買わせようと、せいぜいその程度か。

日々の生活に多くの人が窮し凋落の一途をたどる中に、独創的な発想が生まれる素地があるだろうか。外来のいまだ定着していない習慣に乗せられたい人はどうぞご自由に。

 

以上。2022.11.17